日本歴史改方

日光二荒山神社

栃木県日光市にある神社。宗教法人登記上の正式名称は「二荒山神社」であるが、宇都宮市の二荒山神社(宇都宮二荒山神社)との区別のために地名を付して「日光二荒山神社」と称される。二荒山神社の境内は東照宮、輪王寺の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、「日光の社寺」として1999年にユネスコ世界文化遺産に登録された。

構成

神社は以下の3つの主要部分から成り立っている

  • 本社:日光の社寺最奥に鎮座
  • 中宮祠:中禅寺湖畔に位置
  • 奥宮:男体山山頂に鎮座

歴史

日光二荒山神社の歴史は古く、767年頃に勝道上人によって開創されたとされている。平安時代には既に重要な神社として認識され、927年の『延喜式神名帳』に名神大社として記載されていた。鎌倉時代初期には山岳信仰が最盛期を迎え、源義家や源頼朝など多くの武将が戦勝祈願のために訪れた。
江戸時代に入ると、1617年に日光東照宮造営時に現在の場所に移転し、1619年に徳川秀忠により現在の本社や社殿が造営され、明治維新後は国幣中社に格付けされ、1999年には「日光の社寺」の一部としてユネスコ世界文化遺産に登録された。

年表

西暦出来事
767年頃勝道上人により開創される。
782年勝道上人が男体山に登頂し、山頂に奥宮を建立。
784年勝道上人が中禅寺を建立し、中宮祠が創建される。
836年神階が正五位下に叙せられる。
838年現在の場所に社殿が移されたと伝えられる。
869年神階が正二位に叙せられる。
927年『延喜式神名帳』に名神大社として記載される。
1051-1062年前九年の役で源義家が戦勝祈願のために訪れる。
鎌倉時代初期山岳信仰が最盛期を迎え、神社の祭礼も確立される。
1617年日光東照宮造営時に現在の場所に移転。
1619年徳川秀忠により現在の本社や社殿が造営される。
1868年神仏分離令が出される。
1873年国幣中社に格付けされる。
1999年「日光の社寺」の一部としてユネスコ世界文化遺産に登録される。

公開日:2024.09.17