亀戸天神社
東京都江東区亀戸にある神社(天満宮)である。天満大神、すなわち菅原道真を祀り、受験生などを中心に学問の神として親しまれている。通称は亀戸天神、亀戸天満宮または東宰府天満宮。東京十社。
歴史
寛文二年(1662)菅家の後裔、菅原大鳥居信祐公が九州の太宰府天満宮より勧請、地形をはじめ社殿や楼門、太鼓橋など境内の結構をすべて太宰府の社にならって造営したのを起源とする。
広重の「名所江戸百景」のひとつにも加えられており、江戸時代から知られる藤の名所である。現在も100株、17の藤棚を有し、その数都内随一。4月下旬から5月上旬にかけて開花し、毎年「藤まつり」でにぎわう。


神事
文政3年(1820年)から毎年1月の24・25日の2日間に「鷽(うそ)替え神事」が行われる。鷽を嘘うそとかけて、前年にあった災厄・凶事など悪いことが嘘になり、本年は吉となることを願う神事。
鷽(うそ)は日本海沿岸に生息するスズメより少し大きな美しい小鳥で、太宰府天満宮のお祭りの時に害虫を駆除したことや、鷽の字が學(がく)の字に似ていることから、天神様とつながりが深いと考えられている。幸運を招く鳥とされ、江戸時代から庶民の間では木彫りの鷽が縁起物として親しまれていた。

年表
西暦 | 出来事 |
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1644年〜1647年 | 菅原道真の末裔であった九州の太宰府天満宮の神官、菅原大鳥居信祐が天神信仰を広めるために諸国を巡る。 |
1661年 | 菅原大鳥居信祐が江戸の本所亀戸村にたどり着き、天神の小祠に天神像を奉祀し、亀戸天神の始まりとなる。 |
1662年 | 四代将軍徳川家綱が本所の町を復興開発事業の地として選び、亀戸天神を鎮守神として祀ることを決定し、社地を寄進する。本殿や他の建物が造営される。 |
1873年 | 亀戸天神が府社となり、「東宰府天満宮」や「亀戸宰府天満宮」と称される。 |
1936年 | 亀戸天神が現在の名称である「亀戸天神社」となる。 |
感想
藤の花が見事なだけでなく、2月ごろには太宰府が縁のためか梅も綺麗に咲き、一足早く春を感じることができる神社でもある。
公開日:2024.05.20