日本歴史改方

前方後円墳

前方後円墳は、古墳時代を代表する特徴的な墳墓形式である。3世紀後期から7世紀初頭にかけて日本列島のほぼ全域で築造され、特に畿内地方に集中して分布している。

形状と構造

前方後円墳は、円形の主丘(後円部)に方形の突出部(前方部)が接続する鍵穴形の形状を持つ。墳丘は一般的に2段または3段に築かれる。外表施設として、葺石や埴輪を持つことが多い。

意義と機能

権力者の墓として機能し、社会的階層を反映する存在であった。後円部が主な埋葬場所となり、前方部は祭祀の場として発展した。時代が下るにつれ、前方部にも埋葬が行われるようになった。

変遷

6世紀頃から規模や視覚的な見栄えが低下し始め、6世紀末までにほとんどの地域で築造が終了した。その後、円墳や方墳、八角墳などの墳形に移行していった。

地域性

関東地方では6世紀になっても大規模な前方後円墳の築造が続いた。また、地域によって二重周濠や基壇などの独自の特徴が見られる。

前方後円墳は、古代日本の政治構造や文化を反映する重要な考古学的遺構である。その研究は、日本の古代史理解に大きく貢献している。

公開日:2024.09.04